こつつみ

コツコツ積み上げる

「嫌われる勇気」を読んだ

本の基本情報

本の基本情報について紹介する。

本の目次

以下は本書の目次です。

  • 第一夜:トラウマを否定せよ
  • 第二夜:すべての悩みは人間関係
  • 第三夜:他者の課題を切り捨てる
  • 第四夜:世界の中心はどこにあるか
  • 第五夜:「いま、ここ」を真剣に生きる

概要

第一夜:トラウマを否定せよ

アドラー心理学ではトラウマを明確に否定します。
(中略)
いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。
われわれは自分の経験によるショックーいわゆるトラウマーに苦しむのではなく、
経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。
自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するのである

自分はトラウマがなったことないので、この考え方は良いなと思いましたが、実際にレビューのコメントを見てみるとトラウマを経験した人は反論しているコメントも多い。

しかし、トラウマを経験していない自分にとっては、これから起こるかもしれない経験に対しては自分で選択して意味を決定していくのが良いのだろう。

大切なのはなにが与えられているかでなく、与えられたものをどう使うかである。
いまのあなたが不幸なのは自らの手で「不幸であること」を選んだ
新しいライフスタイル※を選んでしまったら、新しい自分になにが起きるかわからないし、
目の前の出来事にどう対処すればいいのかもわかりません。
未来が見通しづらくなるし、不安だらけの生を送ることになる。
もっと苦しく、もっと不幸な生が待っているかもしれない。
つまり人は、いろいろと不安はあったとしても、「このままのわたし」で
いることの方が楽であり、安心なのです。

※ライフスタイル = 人生における、思考や行動の傾向
アドラーは、「人はライフスタイルを自ら選んだ」と言っている。
つまり、再び選び直すこともできる。
しかし、人は「変わらない」という決心をしている。

ライフスタイルを変える”勇気”が必要。つまり、あなたが不幸なのは、「幸せになるための勇気」が足りてない。

この章では目的論について話されている。目的論がどういうものかは割愛。

目的論:人間の行動には全て目的がある | アナザーヒストリー

目的論と合っているか分からないが、目的を持って行動することで日々の充実度が上がるとは思う。

第二夜:すべての悩みは人間関係

われわれを苦しめる劣等感は「客観的な事実」ではなく、「主観的な解釈」なのだ
(中略)
主観にはひとつだけいいところがあります。
それは、自分の手で選択可能だということです。

劣等感をこじらせて、「…だからダメなんだ」と思い込んだり、 ブランドや権力、不幸まで「自慢」するようになることが問題。

劣等感は他者との比較で生まれる。つまり、全ての悩みは人間関係と言っている。(劣等感以外も全て人間関係に起因する)

「優越性の追求も劣等感も病気ではなく、健康で正常な努力と成長への刺激である」
 劣等感も使い方さえ間違えなければ、努力や成長の促進剤となる
「優越性の追求」とは、自らの足を一歩前に踏み出す意思であって、
他者よりも上を目指そうとする競争の意思ではありません
(中略)
健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、
「理想の自分」との比較から生まれるものです

【人生のタスク】

行動面の目標

  • 自立すること
  • 社会と調和して暮らす

行動を支える心理面の目標

  • 私には能力があるという意識
  • 人々は私の仲間であるという意識

【人生の3つの課題】

「仕事」「交友」「愛」は人生において直面せざるを得ない人間関係。 先延ばしせず、真剣に取り組むことで人生の目標を達成できる。

何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか

目的論の立場になって、自らのライフスタイルを自分で選ぶ。

第三夜:他者の課題を切り捨てる

 もしもあなたが「他者の期待を満たすために生きているのではない」のだとしたら、
他者もまた「あなたの期待を満たすために生きているのではない」のです。
およそあらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと
―あるいは自分の課題に土足で踏み込まれること―によって引き起こされます。
自らの生について、あなたができるのは「自分の信じる最善の道を選ぶこと」、それだけです。
一方で、その選択について他者がどのような評価を下すのか。
これは他者の課題であって、あなたにはどうすることもできない話です。
(中略)
相手が自分のことをどう思おうと、好いてくれようと嫌っていようと、
それは相手の課題であって、自分の課題ではない
わたしの提案は、こうです。まずは「これは誰の課題なのか?」考えましょう。そして課題の分離をしましょう。
どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きするのです。
そして他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとりとして介入させない。
これは具体的で、なおかつ対人関係の悩みを一変させる可能性を秘めた、アドラー心理学ならではの画期的な視点になります。
他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、
自分の生き方を貫くことはできない。つまり、自由になれないのです。
対人関係のカードは常に「わたし」が握っている

「自分の信じる最善の道」を選び、進み続けることが自分の課題。 それを他者がどう見るかはどうしようもできない、他者の課題。

それなのに、他者のその課題をどうにかしようとするから不自由を感じる。 承認を求めるということも、他人の人生を生きているのと同じで不自由。

課題の分離の大切さをこの章で学ぶことができた。課題を分離することで関係ないことは無視しても良いと自分は思った。

第四夜:世界の中心はどこにあるか

「この人はわたしになにを与えてくれるのか?」ではなく、「わたしはこの人になにを与えられるか?」を考えなければならない。
(中略)
所属感とは、生まれながらに与えられるものではなく、自らの手で獲得していくものなのです。
共同体、つまり他者に働きかけ、「わたしは誰かの役に立っている」と思えること。
他者から「よい」と評価されるのではなく、自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えること。
そこではじめて、われわれは自らの価値観を実感することができるのです。
「誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。
わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。
他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく」

「この人は私に何を与えてくれるか?」という自己中心的な考えでは無く、 「私はこの人に何を与えられるか?」という他者貢献を考える必要がある。

これはつまり、「 Giver」のことであり、この考え方は正しいと感じた。

Giveすることを考えることで所属感が生まれる。

「ほめること」の背後にある上下関係、縦の関係を象徴しています。
人が他者をほめる時、その目的は「自分より能力の劣る相手を操作すること」なのです。
そこには、感謝も尊敬も存在しません。
ほめてもらうことに喜びを感じているとすれば、それは縦の関係に従属し、
「自分には能力がない」と認めているのと同じなのです。
ほめることとは「能力のある人が、能力のない人に下す評価」なのですから。
(中略)
ほめてもらうことが目的になってしまうと、結局は他者の価値観に合わせた生き方を選ぶことになります。
「ありがとう」「助かったよ」とお礼を伝える。
これが横の関係に基づく勇気づけのアプローチです。

ここは納得しづらい部分だが、褒めるのではなく「ありがとう」などの感謝の言葉を伝えることが良いというのは納得した。

言われてみると、褒められることを考える -他者の評価に基づいて行動する- ことを目的にしがちだった気がする。 自分も意識してないと褒めてしまう気がする。

共同体感覚はかなり納得できた。Giveすると自分に返ってくるという話はよく聞くが、Giveして自らの主観によって「わたしは他者に貢献できている」と思えることが割と大事なのだと思う。

横の関係に関しても、上司などの年長者を敬うことは大切。 しかし、意識の上で対等であること、そして主張すべきは堂々と主張することが大切。 この話は自分に上司でも対等なのだという新たな気づきを与えてもらった。

第五夜:「いま、ここ」を真剣に生きる

他者がわたしになにをしてくれるかではなく、わたしが他者になにをできるかを考え、実践していきたいのです。
その貢献感さえ持っていれば、目の前の現実はまったく違った色彩を帯びてくるでしょう。
ありのままの自分を受け入れるーつまり「自己受容」するーからこそ、
裏切りを怖れることなく「他者信頼」することができる。
そして他者に無条件の信頼を寄せて、人々は自分の仲間だと思えているからこそ、
「他者貢献」することができる。
さらには他者に貢献するからこそ、「わたしは誰かの役に立っている」と実感し、
ありのままの自分を受け入れることができる。「自己受容」することができる。

「共同体感覚」を持つことで承認欲求は消える。

「共同体感覚」に必要な3つの観点

  • 自己受容

60点の自分をそのまま60点として受け入れた上で「100点に近づくためにどうしたら良いか」を考えるのが自己受容。

  • 他者信頼

他者を信じるにあたって、一切の条件をつけない。信頼することを恐れていたら結局は誰とも深い関係を築けない。

  • 他者貢献

「わたし」を捨てて誰かに尽くすことではなく、むしろ「わたし」の価値を実感するためにこそなされるもの。

貢献感を得るための手段が「他者から承認されること」になってしまうと、
結局は他者の望みどおりの人生を歩まざるをえません。
承認欲求を通じて得られた貢献感には、自由がない。
われわれは自由を選びながら、なおかつ幸福をめざす存在なのです。
アドラー心理学が大切にしているのが、「普通であることの勇気」という言葉です。
(中略)
なぜ「特別」になる必要があるのか? それは「普通の自分」が受け入れられないからでしょう。
(中略)
普通であること、平凡であることは、ほんとうによくないことなのか。
なにか劣ったことなのか。じつは誰もが普通なのではないか。
人生は連続する刹那であり、過去も未来も存在しません。
あなたは過去や未来を見ることで、自らに免罪符を与えようとしている。
過去にどんなことがあったかなど、あなたの「いま、ここ」にはなんの関係もないし、
未来がどうであるかなど「いま、ここ」で考える問題ではない。
「いま、ここ」を真剣に生きていたら、そんな言葉など出てこない。
われわれは困難に見舞われたときにこそ前を見て、「これからなにができるのか?」を考えるべきなのです。
(中略)
そこでアドラーは「一般的な人生の意味はない」と語ったあと、こう続けています。
「人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ」と。
あなたがどんな刹那を送っていようと、たとえあなたを嫌う人がいようと、
「他者に貢献するのだ」という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、
なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない。
「ひとりの力は大きい」、いや「わたしの力は計り知れないほどに大きい」
(中略)
「わたし」が変われば「世界」が変わってしまう。
世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ「わたし」によってしか変わりえない。

ありのままの自分が、信頼する仲間の役に立っていると「感じる」こと。 幸福とはその「貢献感」!見返りなど不要。

色んな自己啓発本では、目標を決めることの重要性を説いているが、アドラーでは人生にはゴールなんかない。「物語」ではなく「旅」と捉えて道中を楽しみ、途上も意義あるものとして「いま、ここ」を真剣に丁寧に生きることが幸せと言っている。

ただ、目標を決めても人生にはゴールはないことは正しい。アドラーも目標が悪いと言っているわけではない。

この記事が参考になった。 「目標」は設定するな?達成感の罠から抜ける、アドラー実践法 - セルフリライアンス〜もっと自分を好きになる方法

最後に

目的論は自分にとってパラダイムシフトを起こしてくれた。自分にはなかった考え方が多く、実践していきたい。

かなり面白い本でした。受け入れられるかは分かれるところですが、自分はオススメします!